明治以降の文明開化に始まった科学文明。

これは、知識を第一義とする。

知識尊重を叫ばれ、知恵を軽視する社会構造や教育。

そして、知識さえあればなんとかなるという考えの親。

これが今日の風潮だろう。

もっと典型的なのは、大学さえ出れば何とかなる。

現実はそうはいかないのが世の常である。

都会地東京は、その先頭を走っている。

知識は、時として正しいと思われていたものが訂正される。

間違った考えを丸暗記してきた人たちにとっては、なかなか考えを訂正することが難しい。

知恵が社会の根幹をなしている時代、経験則から来る学問である。

明治時代に井上円了が様々な逸話や迷信を邪道と決めつけ科学の道を説く。

しかし、脆弱な科学知識の時代である。

世の人はそれを信じた。

社会風潮に反旗を翻す人はほんの一握りの時代。

西洋思想に染まった時代であり、西洋文化をあらゆる分野に取り入れた。

思想の分野でも、武者小路実篤が提唱して白樺派の運動。

自由恋愛が叫ばれた時代でもあった。

しかし、武者小路実篤は旧華族であり、権力者の足が地につかない思想運動でもあった。

今の時代、知恵が不偏であることに気づく人は少ない。

知恵は、積み重ねてきた生活からの恩恵である。

私は、関西で育ち東京で今日まで生活をしている。

東京と関西の違いを否応なく感じられる日々である。

東京は、最先端の文明社会である。

反面関西は、伝統・文化・仕来りを重視する文化圏である。

古いものに敬意を表し、新しき文化を融合させる独自の文化圏である。

東京は、破壊と創造の世界。

京都の老舗とは、新しきものをその地域に根付かせるために独自の発達を遂げる。

銀座の老舗は時代の波に押しつぶされる場合もあるが、京都の老舗は新しきものを独自に咀嚼し地域に相応しい物に生まれ変わらせる。

銀座の趨勢を見ればよく分かる。

人々の多くが、京都や奈良そして金沢など訪れるのは、人々の遺伝子に日本で育まれた世界に類を見ない独自文化を肌で触れ懐かしむ行動なのである。

東京では古い物を嫌う傾向にあるが、古い物も初めて知り得た人にとっては新しいものへの触れ合いなのである。

初めての人にとっての触れ合いは、新鮮に感ずるはずである。

人には、男と女があり、互いにその文化の領域を犯すことはなかった。

それを今は性差別や男女同権思想に振り回されている。

男女の異種文化の混同である。

こんなことを書けば、今の女の人はきっと目くじらを立てるだろう。

知恵文化は女が勝ち得た誇るべき知識でありながら、西洋の知識へ流れていったのである。

もっともっと知恵を大切にすることが必要である。

理想的なことは、男の人生設計と女の生活設計が両輪となる人生である。

これは、知識と知恵の集大成でもある。

どちらも学ぶべきものであるが知識のみを最優先にしてはならない。

知恵があって初めて知識が生きるのである。