定期的に食べに行く店が、次から次へと店じまいする。

お陰で次の店を探す羽目になるのだが、そう簡単には見つからない。

少し値の張るところは、年寄りばかり。

若い層は完全に拒否。

そりゃそうだろう。

食べることも金がものをいう時代だ。

食事を楽しむより、まず予算だ。

だからこそ、いまの年寄りは子や孫にたかられる。

今回の店じまいは、「参った!」の一言に尽きる。

疲れが溜まってきた。

当然「ウナギ」だ。

行く前からウキウキする。

「肝」か「白焼き」で熱燗でまず一杯。

それから「うな重」。

めったにはいけないが堪えられない一日になるはずだった。

それが行ってみれば「土用の丑の日」も近いと言うのに店じまい。

信じられない光景だ。

嘘だろう。

お客は結構入っていたのに…

考えてみれば、いつも食べていたのは年寄りばかり。

若い人と云えば、若夫婦が親にご馳走してもらっている光景ばかり。

だから行くときは、黙って二人で行く。

一度連れて行くと、孫までも「ウナギ、食べたい」という有様。

食べたけりゃ「スーパーで親に買ってもらえ」という。

その時の返事がこうだ。

「スーパーのは美味しくない」とくる。

小さな子供に味を覚えさせたのがまずかったのである。

それにしてもこの店じまいは、参ったの一言だ。

以前、箱根の「黒卵」を食べて寿命を延ばしたのに、好きな物が食べられないとは…

それも滅多に食べられないウナギが。

数少ないお気に入りの店。

関西で育ったせいかも知れぬが、東京の「酢」の利いていない江戸前寿司は好きではない。

寿司は、酢がほどよく利いた押し寿司、関西の稲荷寿司、巻き寿司が好みだ。

おかげさまでこれは美味しい所を見つけた。

一つ見つけりゃ、一つ減る。

食べ物屋が店じまいとは、不景気の象徴。

今は、雑然と混雑するお店や低価格の店が繁盛する。

若い人にはいいかもしれぬが、年寄りはこたえる。

静かに食べられるお店。

これが理想だ。

食べたかったなぁ~

食い物の恨みは… とつくづく思う。