老々介護の大変さは、当事者しかわからないことだ。

私自身も二親を見送った。

見送る前までの介護は、時間とお金そして我が子の成長と問題山積であった。

一つ一つを片付けたとしても後からあとから問題が噴出する。

解決するときは、黄泉への見送りの時であった。

今、老人専門病院や総合病院は老人満載だ。

事務所の近くにある病院には、朝からリフトがついた車に載せられた老人が次から次へと搬送されてくる。

1回で曲がれる信号も4回は覚悟しなければ曲がることはできない。

そのぐらいリフト車が次から次へと送迎するのである。

幼稚園の送迎バスも乗り降りに時間が掛かるが、それを上回る。

年と伴にその渋滞ぶりがあからさまに多くなっている。

いずれ私もこの仲間かと思うと些か意気消沈するのである。

いくつになっても一人で歩けるようにと常日頃から訓練訓練と励んでいる。

寝たきりになり「紙おむつ」など言語道断である。

団塊世代の私は、この苦難と向き合い二親を黄泉の国に見送ったが、果たして次の代となると… 疑問符よりまず無理であろうという結論しかない。

名や家を継ぐという古来からの風習がなくなっているからである。

特に東京はその傾向が強い。

家名よりまず自分の家族が最優先。

親は一つの財布としか思っていないようである。

ドライと云うべきなのかそれは解らない。

ただ言えることは、歳をとれば自分自身もそうなることを考えていない。

老々介護で苦しんでいる人の年代は、60代前後。

この人達も初老である。

体力も気力も使い果たすぐらいだ。

介護の問題はもう少し時間がかかるだろう。

しかし、時間が必ず解決してくれる。

時間がたてばたつほど老人は黄泉の国に旅立っているのだから。

だからこそ政府もお座なりである。

乱立する介護施設も、そのうち御用済みとなるのだから。

現代の姥捨て山の象徴が、介護施設なのかもしれない。

長生きしたくないなぁ…

人間動ける内が花、寝込めばただの…。

これ以上は言いたくないと。