人生において「苦楽」はつきものだ。

「苦楽は生涯の道連れ」という言葉もある。

含む意味はこうだ。

人の一生は、苦しみと楽しみの繰り辺である事や人生には苦労はつきものだという事を指す。

そして、人それぞれ違う苦楽を経験するのだが、「苦」も「楽」も平等に訪れそれから逃れる術はない。

若い時分に「楽」を先に使いすぎると「苦」は後からどんどん増えたように迫ってくる。

「苦労は買ってでもせよ」は、若い時には通用するが歳を重ねると精神力また体力が伴わず、往々にして負けてしまう事が常だ。

今の若い人たちを見ていると「楽」を早く使っているように見えて仕方がない。

若さを謳歌するのであろうが「苦」をあまり考えない傾向に見える。

「苦」は、突然姿を現す。

その時の対処方法が今の人は未熟だ。

若い時から「苦」を少しづつでも経験すれば対処方法ができるのだが、暗中模索の中を堂々巡りしているように感ずるのである。

精神力の弱さもあるが、余りにも親の庇護下に長すぎるほどどっぷりとつかっているのが一因だ。

男女平等参画社会が唱えられ、晩婚化する人たちが増える傾向にある。

しかし、考え方によっては人手不足解消の苦肉の策としか私には見えない。

そこまでしなければ日本の経済は息詰まるのかと政府の施策に疑問を呈する。

経済第一主義は人々の人生を狂わすのではないかと想像するのである。

晩婚化が定着し私の周りにも数多くいる。

「その年で第一子!?」と驚くのである。

定年は?

この子が成人するときあなたは何歳?

そこまで元気で仕事できるの?

長生きできるの? と思わず言葉を発してしまう。

今の時代は、神様からの試練がすべての人々に平等に歳をとってから集中するような気がする。

「楽」を早く使い過ぎ、「苦」を後回しにする人生。

その「苦」が年寄り夫婦にかぶさってくる。

今の年寄りの悩みはこれに尽きる。

歳を重ねた後の「苦」ほど嫌なものはない。

苦とは、それほど辛いものなのである。

若い人たちよ。

苦を先に使おう。

そして、歳をとってから楽を楽しもう。